息子が二十歳になりました。


今日5月25日は我が家の息子の20回めの誕生日です。




”子供がいるにも関わらず赤髪の父親で今見るととても恥ずかしいんですが..”






1999年(平成11年)の5月25日に産まれた息子は


僕が21歳の時に産まれた子供でした。


産まれる瞬間まで


僕を含め、嫁さんや両親


親戚一同


全ての人が女の子だと


確信している中、まさかの男の子で(笑)


一同揃ってびっくりしたのを


今でも鮮明に覚えております。






ただ、父親になって、つくづく感じるのは


母親と違い自分のお腹から産んでないし


体感的にも「子供を胎内で育て産む」という母親に比べると


"親としての自覚"は薄いと思います。


愛情にしても母親の"それ"と比べると


遥かに及ばないものがあると思います。






もしかしたら「父親って薄情だな」とか


「愛情があるのかな?」なんて思う事も


子供からしたらあるかもしれないです。







だからこそ、いつも思うのは


血の繋がりより絆が大事なんだと。






一緒に過ごした時間は


同じ釜の飯で食卓を囲んで食べた食事や


布団を並べて川の字で寝たいわゆる"雑魚寝"だったり


同じ風呂に入り、おバカなノリで語らいあった日々


時には子供の事で大笑いしたり


自分のこと以上に心が痛む事もあったり…


そんな日々の積み重ねこそが親の財産であり


父親としての役割なのかなとも思うんです。


それは、息子であっても娘であっても


変わらない僕自身の父親としての感情だと思います。







二十歳とはいえようやく思春期の出口に辿り着いたばかり。


しかし同時に時間は流れたんだなと


思い知らされます。





子供はどんどん成長していき


顔も身体も立派に大人になっていくけど


親はいつまでたっても子供だった頃の面影が残ってます。


あの頃の無邪気な笑顔と優しい気持ちを


どうか忘れずに


厳しい事や理不尽な事、不毛な事も


これからたくさん経験するだろうけど


夢と希望を忘れず毎日を元気に過ごしてもらいたいものです。







父親である僕自身も辛い時、いつでも支えになったのは


これまでの幸せな思い出。


自分はまた、あの場所へ戻れるという自信。


だから、父親としてはやりたい事は全力でやり


いつかボロボロになってしまうなら


「いつでも帰ってきなさい。」


そんなスタンスで子供達を見守っていこうと思います。










そしてこれは我が子に限らずこれから社会に出るような方


全般に言えることですけど


失敗を恐れずいろんなことに挑戦して


経験を糧に人間性を高めてもらいたいものです。






人って生きてる限りは失敗の連続ですよ。






新しいことに挑戦すれば失敗するのは当然で


失敗すれば人に笑われるし


馬鹿にだってされます。





でもそうやって得た経験と知識こそ


人生の糧になり決して勉強では教われない


大切な人格の形成(人間性)に繋がっていくと思うんです。




僕なんて常に失敗の連続ですよ。


いまだに立派なことはひとつもできないし


新しいことをやれば失敗して笑われるし。





当然そんなときは落ち込むし


とことんブルーになってこの世の終わりが来るような


感情にだってなります。





けど、そうやって得た


知識と経験があるからこそ今があるわけで


人生における失敗は大切な経験です。







挑戦しての失敗は大いにするべきです。


なにより挑戦する一歩を踏み出す勇気を持てたという


自身を最高に賞賛してあげるべきだと思うんです。








年齢を重ねるごとに新たな挑戦って


なかなかしにくくなるもので


若い時にいっぱい挑戦して失敗して


自身の血と肉に変えて


人生を深みのあるものにして欲しいものです。






それでも人の失敗は「絶対に許せない」なんて


言う人がいたら「心の狭い人だな〜」って


心の中で蔑んでやればいいんですよ。











二十歳成人おめでとう。

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