イジメの経験。






小学生の頃からどうにも目をつけられやすいんです。









小さい頃から野球好きな父の影響もあり


家のテレビはいつもプロ野球がついていた影響もあり


僕は小学4年から野球部に所属し
(当時は4年生が最年少)


日々、学校と部活に明け暮れてたんですね。






ある日、6年の先輩達と一緒に帰宅中


ふとした事で先輩達が僕の行動を見て


大ウケしたんですね。





僕はとても嬉しくなり


みんなが笑ってくれるからと面白いパフォーマンスや


変な言動をしてみんなを笑いの渦にするのが


とても嬉しく楽しかったんです。








でも、そんな行動がエスカレートして


先輩達からおかしい奴扱いをされるようになり


最終的には「あいつは頭の変なやつ」


と言われるようになって


先輩からは羽交い締めにされたり


からかわれたりしてたんです。





僕は当時、そんなことは全く気にしてなかったんですけど


ある日、そういった行動を見かけた保護者から


学校と母親に連絡が入り


大騒ぎになりましてね…


部活では1日練習が無くなり


緊急ミーティングですわ。








なんせ世間から見たら上級生による


立派なイジメに見えたみたいで


でも、当の本人はまっっったく気にしてないという


なんとも言えないギャップとジレンマに苛まれ


その事の方が僕の心の悩みのタネになってしまったんです。









僕はね、子供の頃ってそういう


「じゃれあい」も必要だと思うんです。


一種のスキンシップ的な。


当人同士がじゃれあいの感覚は「あり」です。








その先輩は先輩の中でもとりわけ


みんなに怖がられていた感じだったけど


僕は、納得いかなかったら噛み付くこともあったし


当時はその先輩と普通に喧嘩だってしてたんです。






でも、取り立てて後に引きずるようなこともなかったし


そんな心意気を買ってくれてて僕を4年生ながら


最上級のチームに入れてくれて
(4年生から3人だけ6年のチームに入ってた。)


良くも悪くも目をつけて(かけて)


くれてたんですね。







そのミーティングの時は非常に気まずくてね…


僕はどちらかというと先輩達に申し訳ない気持ちと


大騒ぎになってしまったことに対して


なんだかとても違和感がありました。









その日を境に先輩達はとても優しくなりましてね


僕はなぜか


「風見しんご」(当時の人気アイドル)って呼ばれるようになりました。笑


寂しいことに心の距離はちょっと離れた感じがしましたね。






でも、小学校は楽しい思い出もたくさんありましたね。












中学に入ると


僕はより一層、「個」が強くなり


所属していた部活を一年で途中退部し


野球部に転部した僕に対して


先の部活の先輩が


全校球技大会の時に大きな声で


「おれ、こいつ大嫌いなんよ!!」
(バリバリの石見弁で)

って名指しで言われた時の


衝撃っていったら



ないですよ。





大勢の前での突然の出来事に


恥ずかしさと


「なんだ、コイツは??」っていう


怒りの感情など相反する気持ちの中で


自分自身あっけにとられるばかりでした。







でも、カッコいい先輩だし(容姿が)


当時はサッカーも上手くて
(サッカーとバスケの上手い人はなぜか女子ウケが良かった)


女子からはモテモテで


僕はそんな女子を見ながら


男を見る目がないな〜なんて一人で勝手に思ってましたね。










高校に入るころには


立派にひねくれて


ねじ曲がってましたから


入学初日に先輩達に呼び出されて


いわゆる当時の後輩を締(し)める


という理不尽な縦社会も味わいました。










僕はどうにも型にはめられた


個性を伸ばさない能力平均値を底上げする


学校という集団生活が苦手で


先生にも先輩にもそういった教育を受けるのが苦痛で


どんどん自分のカラに閉じこもっていきました。







でも先生や大人は


なんでもそつなくこなし


堂々と自分の意見が言えて


大人には素直なタイプの子の


意見をとてもよく聞いてるようだったし


自分の言うことなんてこれっぽっちも


聞いてもらえてないようで


ますますカラに閉じこもりましたね。








当時は全く心を開いてませんから


先生だけではなく大人という生き物は


全て別世界の生き物であまり口も聞きませんでした。








学生特有のスクールカーストリンク元 Wikipedia)


みたいなくっだらない関係図みたいなのも


めんどくさいし


とてもちっさい人間関係に見えて


大嫌いでしたし


周囲からは浮いていたんだと思います。






扱いづらい後輩というか...






今でも集団行動は苦手意識があるし


どうにもうまくできません。
(人間が嫌いというわけではないんです)


当時に比べれば大人になったぶん


適度にこなせるようにはなったと思うけど...


そういった意味では個人経営の今の方が


向いてるのかもしれません。








「浮く」っていうのは


集団生活ではとても大きなデメリットであり


机への落書き(引き出しの中)


椅子への画鋲


上履きを投げ捨てられてる


恫喝


トイレの上から水をかけられる


これらは全て体験しました。


やってる方はなにげなくやってる事も


やられた方はずっと覚えてるもんです。









でも、これは僕のダメなところであり


反省するべきところなんですけど


四十数年生きてきた中で僕も


たくさんの人を傷つけた事もあるでしょう。


喧嘩もして暴力に訴えた事もあった。






でもね、暴力では何も解決しないし


絶対にダメなことです。


暴力という恐怖と支配によって押さえつけても


不毛なだけです。








言葉は時に暴力よりも人を傷つけたし


心に残る。


今は全ての事に懺悔の気持ちです。











当時の僕は何か喉の奥にものが詰まったように


息苦しくお腹の底が重く


学校という社会に


行くのが怖い時期もありました。


でも、大人になればそこからは抜けれるんです。


個人で生きていかなくちゃいけなくなるから。


それがしんどいなと思う事もあるけど


僕は今の方がずっとラク。









当時は誰にも言えなかったし


平然を装って学校に行ってたけど


それでも毎日が憂鬱だったし


腹もたったし


嫌な思いもいっぱいしました。





思春期特有の独特な精神状態の中で


誰しもが大なり小なり


感じる思いかもしれません。







もしかしたらやってる方も何か


想いがあるのかもしれない...






それにしても手段が間違っていることは事実で


同じような経験をして


今、現在苦しい状態の子がいたら


すぐに周りにSOSを出して欲しいんです。






力になってくれる人は必ずいるから。





そして、そんな目に遭ってる子がいたら


周囲の大人はよく観察し救いの手を差し伸べてあげて欲しいんです。




なにより大人が大人であってほしいと


つくづく思うんです。






大人になりきれない


情けない大人が多過ぎると思うのは


自分だけでしょうか。






僕もまだまだ全然大人になりきれないけど


それでも日々研鑽を積みキャリアアップや


ビジネスにおいてだけではなく


人間力、道徳心は常に磨いて


徳を上げ品性を保ち


一歩でもそういった大人に


近づけるように努力をしていきたいと思います。








そして子供達が自由で差別なく


誰もが楽しく笑って過ごせれば


一番ですよね。








 



本日の一曲

Superfly

Gifts.



※あぁ 行きたい国や街があるから
 あぁ 食べたいおかずとごはんがあるから
 あなたの生きてく意味はある


 (歌詞の一部を抜粋)


ほんとにそれでいいんだと思います。





では。また。
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